LOGIN第255話 抗えば抗うほど
三十分後、蓮は真っ黒な顔をして車に乗り込んできた。
それを見た翔太は、かなり意外そうな顔をした。
「おい、ずいぶん不満そうな顔をしてるじゃないか?」
――そんなはずはないだろう!
疑いに満ちた視線が、蓮の顔をじっと見つめた。
あいにく車内は薄暗く、蓮の表情がおかしいこと以外は、よく見て取れなかった。
蓮は翔太を一睨みすると、冷たく鼻で笑った。
「お前、口だけは達者だな」
翔太は、本当に命知らずだ。
蓮をじっと見つめたまま、さらに追い打ちをかけた。
「二時間じゃ、ちょっと短いんじゃないか&hellip
第260話 目を洗わないと翔太は、すっかり呆れ返っていた。しばらくして、ようやく蓮に親指を立てた。「よし、お前は本当に天下一のいい男だな」「でも、お前のモテっぷりも大したもんだ。女が次から次へと寄ってくる……ちっ、羨ましい限りだぜ」蓮は危険な光を宿して目を細めた。「お前、羨ましいのか?」翔太は、本当に羨ましいと思っているわけではなかった。ただ、昔から口が悪いだけだ。つまり、いつも軽口を叩いて調子に乗るのが好きなだけだ。翔太が何か答えるより先に、蓮の冷たい声が響いた。「そんなに羨ましいなら、あの女、まだいるはずだ。行ってくれば?」翔太は、その言葉に一瞬で顔をしかめた。――あの女を想像しただけで、鳥肌が立つ。「……あの女が見てるのは、俺じゃないだろ!」「ふん、行ってみろ。きっとお前に惚れるさ」翔太は即座に答えた。「……ありがとう! でも、いらないね」――まったく。こんなときだけ、ずいぶん丁寧に勧めてくれるじゃないか。せめて他のことで、そのくらい認めてくれればいいのに。蓮は指先で腕時計の文字盤を軽く叩いた。コツ、コツと澄んだ音が響いた。
第259話 蓮様の目に映る女は、たった三人しかいない「やめて、そんなことできない……」愛はすっかり慌てて、顔色を変えた。「神崎様に会わせて。彼が私にこんなことをするなんて……ありえないわ」恒は、そんな愛を一瞥した。――いったい、どこからそんな自信が湧いてくるんだ?恒はそのままスマホを取り出し、警察へ通報しようとした。ちょうど番号を押そうとした、そのとき――外から、何人かが慌てて駆け込んできた。先頭にいたのは、ホテルの支配人だった。「失礼いたします。何があったのでしょうか?」恒は支配人を一瞥した。「この女が、神崎様の部屋に無断で入り込んだ。警察に通報する。それと、そちらのホテルにも説明してもらう」ホテルの支配人はM国人だったが、日本語が堪能で、聞くのも読み書きもまったく問題なかった。当然、恒の言いたいこともすぐに理解した。支配人はぎょっとした。――もしこの件が外部に漏れたら、ホテルにとっては大問題だ。評判にも傷がつく。彼は慌てて頭を下げた。「恒様、このたびはこのようなことが起きてしまい、大変申し訳ございません。すべて私どもホテル側の落ち度です。ですが……この件について、もう少しお話し合いをさせていただけないでしょうか?」その態度は、これ以上ないほど低姿勢だった
第258話 目が潰れるところだった突然押しかけてきた女は、笠原愛(かさはら あい)といった。この辺りに留学している学生だった。蓮とは、あるパーティーで偶然知り合った。それ以来、愛の頭の中は、蓮でいっぱいだった。いわゆる一目惚れというやつだ。こんなに心がときめく男に出会ったのは、彼女にとって初めてだった。蓮の眼差し。何気ない仕草。そのすべてが、愛にはたまらなく魅力的に映った。ただ、これまで蓮に近づく機会がなく、ずっと胸を焦がしていた。――今回こそ、おそらく自分にとって、最後のチャンスだ。何としても、彼を自分のものにしなければ。そう思うと、先ほどまで胸の内にあった不安は消え、代わりに揺るぎない決意が湧き上がった。「神崎様、わ、私……神崎様のことが好きです……」甘ったるい声。そして、あからさまな熱い眼差し。普通の男なら、これだけ露骨に好かれて悪い気はしないはずだ。だが、蓮は違った。むしろ、侮辱されたような気分になった。――こいつのねっとりした視線、気持ち悪い。蓮の顔は、見る見るうちに険しくなった。「消えろ。俺は結婚してる」愛は目を見開いた。――認められない、そんなはずない。
第257話 留守中に嫁を連れて行かれた十分ほどして、美月は朝食を食べ終えた。そのままリビングへ戻り、雅のそばに腰を下ろした。どこか甘えるような仕草だった。「お母さん、作ってくださったスープ、本当においしいです」蓮に対してとは違って……美月の雅への好意はずっと素直だった。雅は、美月を実の娘のように可愛がってくれる。そして、美月がずっと知らなかった母親の愛を、惜しみなく注いでくれるのだ。雅は優しく笑った。「この鶏がいいのよ。今度また、誰かに捕まえてきてもらうわね」美月は、胸の奥から温かいものが込み上げてきた。「「お母さん、本当に優しくしてくださって……! でも、そこまで気を遣わなくていいんですよ。いろいろ大変でしょうし……」「何が大変なのよ。私は口を動かすだけなんだから」――スープを作るときも、水を少し足しただけだ。これのどこが大変だというのか。「だってお母さん、私のために用意してくれたんですもの!」美月は珍しく、甘えるような笑顔を見せた。あいにく、蓮はここにいなかった。もしここにいたら、美月のこんな姿を見て――嫉妬で気が狂っていたに違いない。何しろ蓮は、美月にこんなふうに甘えられたことなど、一度もないのだから。雅の心は、すっかりとろけてしまった。
第256話 向こうが来ないなら、こっちから行くさ――このままカメラを向けなければ、こいつはいつまでも続けるだろう。仕方なく、美月はスマホの角度を少し調整した。ちょうど、自分の顔が画面に収まった。「用事を片づけに行ったんじゃなかったの? どうしてこんなに早く電話してくるの?」――いや、向こうの時間なら、今は夜のはずだ。M国なら、これから賑わう時間帯じゃないのか。「時間なんて、絞り出せばどうにでもなる。それに、何よりも嫁のほうが大事だ」蓮の目は、画面に映る美月の顔にぴったり釘付けになっていた。しかも、蓮自身もカメラに顔を近づけすぎていて、今にも画面に押しつけそうだった。美月は、画面いっぱいの蓮の顔を見て、思わず呆れた。「……用事のほうはどうなったの?」「まあまあだな。ただ、ちょっと時間がかかりそうだ。おはようのキス、してくれないか?」美月は絶句した。「……」――何万キロも離れてるのに、どうやってキスしろっていうのよ。蓮はいつも、こういう手を使ってくる。――向こうが来ないなら、こっちから行くさ。そのまま、蓮は画面越しにキスを一つした。しかも、ものすごく大きな音まで立てて。美月は言葉に詰まった。「……」顔が、たちまち真っ赤
第255話 抗えば抗うほど三十分後、蓮は真っ黒な顔をして車に乗り込んできた。それを見た翔太は、かなり意外そうな顔をした。「おい、ずいぶん不満そうな顔をしてるじゃないか?」――そんなはずはないだろう!疑いに満ちた視線が、蓮の顔をじっと見つめた。あいにく車内は薄暗く、蓮の表情がおかしいこと以外は、よく見て取れなかった。蓮は翔太を一睨みすると、冷たく鼻で笑った。「お前、口だけは達者だな」翔太は、本当に命知らずだ。蓮をじっと見つめたまま、さらに追い打ちをかけた。「二時間じゃ、ちょっと短いんじゃないか……?」車内の空気が、一瞬にして凍りついた。次の瞬間、翔太の悲鳴が天井を突き破った。「……ああっ! 蓮、てめえ……! 顔だけはやめろ、顔だけは……!」恒は、何事もなかったかのように耳をほじった。――余計なことを言わなきゃ、死なずに済むんだがな。自分から墓穴を掘るとは。まさに綱渡り。いつ落ちてもおかしくない。三十分後、翔太はサングラスをかけて車から降りた。いかにもクールな格好だ。専用ヘリポートのスタッフたちはぽかんとした。「……?」